自己紹介

兄の死と自分の後悔。理想の看護師とは

翌年に国家試験を控えた年末、実家に帰省をしました。

私には6つ年上の兄がいて、とても優しくて、繊細な人でした。

大晦日、自ら命を絶ちました。

お兄ちゃんの悩み

お兄ちゃんは大学卒業後「資格を取るから」と自宅で過ごしていました。

当時は「そっかぁ」くらいにしか思っていなかったのですが、自宅で過ごす本当の理由を私に打ち明けてくれたのは、大学卒業してから何年も経った後でした。

お兄ちゃんは小学校高学年の頃に吃音(どもり)を指摘されてからずっとコンプレックスだったと私に打ち明けました。

「就職して電話をとるときにどもったらどうしようって思う、言葉が出んかったら仕事ができん。」

と話していました。

確かに話し出す時にどもることはあるけど、お兄ちゃんは仲の良い友人も恋人もいてコミュニケーションをとれているのに、何がそんなに不安なのかよく分かりませんでした。

「言われることを予想しておけば答えがスムーズになるんやない?」と私は言ってその時の会話は終わりました。

実家に帰省するたびにお兄ちゃんと会話をしていましたが、吃音について話すことも時々ありました。

「吃音専門の病院に言ったけど小さい頃やないと治せんって言われた。」

「優しく話を聞いてくれるいい先生に出会った、お金はいらんって言われた。」

「調べたら吃音の人は脳に障害があるって、脳に障害がある人は残酷な事件を起こすってテレビで観てこわいんやけど。」

最初は「そうか」と話しを聞いていましたが、最後のあたりはちょっとお兄ちゃんおかしくないかと思いながらも「大丈夫やろ」としか言えませんでした。

最後に私の部屋に訪れた日

12月、「そっちで資格試験があるから泊まらせてほしい」とお兄ちゃんから連絡があり、私が1人暮らしをしている部屋に泊まりました。

試験が終わった夜はお兄ちゃんから「お酒を飲もう」としきりに何度も言われました。

私は翌日授業があり課題があるのと、早く寝たいと思い断りました。

それから看護師試験ももうすぐで、働く病院も決めていてプレッシャーもストレスもあるのに、お兄ちゃんはずっと家にいて働きもしない、何をしてるんだとお兄ちゃんに苛立つようになりました。

お兄ちゃんの死

年末、私は帰省しましたがお兄ちゃんとはろくに会話をしませんでした。

お兄ちゃんとは「帰ってきたよ」「おやすみ」というそっけない会話をしただけでした。

大晦日。お兄ちゃんは息を引き取っていました。

受け入れたくない気持ちと
もうここにはいないんだという悲しみがあって。

泣き止まない私を見てお母さんに
「お兄ちゃんは楽になったんやで」と泣きながら声をかけられました。

何でそんなこと言えるのか分からない。
泣いているお父さん、お母さんの後ろ姿を見てこんなに悲しませてお兄ちゃんを許せないという怒りの感情が溢れてきて。

遺書なんてふざけた遺書でした。
何で死んだか分からない、遺された私たち家族に何もメッセージがない。

でも、なんとなく、何でそうなったのか分かりたくないのに分かる自分もいて。

悔しい気持ちと自分を責める気持ちが残るようになりました。

家族の中で私が一番悩んでいる吃音について話を聞いていたんじゃないか

あの時に違う関わり方をすれば救えたんじゃないか

看護学生だったのに解決できなかったのか

私の部屋に泊まりにきたときは最期に飲んで語らいたかったんじゃないか

私がころしちゃったんじゃないだろうか

毎日ぐるぐる頭の中を回っていました。

お兄ちゃんに心臓マッサージをして生き返る、棺桶で眠っていたお兄ちゃんが目を覚ます、キッチンでお兄ちゃんが何かを作っている後ろ姿、何かしゃべって笑っている顔。

そんな夢を見ることもありました。

起きると夢だったと気づき、お兄ちゃんは死んだんだと現実を突きつけられて暗闇にひとりいるような気分でした。

でも、もう1回眠ったら夢だけでもお兄ちゃんに会えるんじゃないかと期待して眠ることもありました。

年数が経つにつれて後悔と自責の思いが出てくる回数は減りました。

そして「お兄ちゃんの分も生きなきゃ、頑張らないと」と強く思うようになりました。

「なぜ看護師になりたいのか」聞かれると苦しい

「なんで看護師になりたいと思ったの?」

学生のころから今まで何度も何度も聞かれました。

聞かれたときは「おばあちゃんが入院していた時に看護師を見てなりたいと思った」と当たり障りない答えをしてきました。

正直言うとこの質問に答えるのが今でもとても苦しいです。

私の理想の看護師像は「困っている人に手を差し伸べたい、救いたい」と思った人が看護師になり、「命を救う」「穏やかな最期を迎えるサポートをする」ものだと思っています。

幼いころから父に褒められたい、認められたい気持ちが強くて看護師になろうと思い、お兄ちゃんの命も救えなかった自分が看護師であることに、ギャップを感じて他人にどう思われるのか自分を表現するのがこわいと思ってきました。

当時のお兄ちゃんの記憶が頭の中を駆けめぐって、後悔と自責の思いがどっと押し寄せてくることがありました。

時間が解決していたわけではなく、自分で当時の事実・感情にただ蓋をしていただけだったんだ。

そう思い知らされました。

ただ、前と変わったことは自分の気持ちをごまかすことなく、逃げることなく、蓋をせず。

そのままの気持ちに自分で気づき認められるようになりました。

お兄ちゃんが亡くなって悲しい。あの頃を後悔している。戻れることなら戻りたい。自分を責める気持ちもある。

看護師になったきっかけはお父さんに認められたかった、褒められたかったから。

ありのままの感情を受け入れることで、自分を否定することなく今を生きることができています。

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ABOUT ME
はるか
訪問看護パートで週3日+副業で生活しているナース。 看護学生卒業後は三次救急の病院に就職。 フルタイムで働き心身共に疲弊する生活に疑問を抱きながら 「家族のために、患者さんのために、職場のために」 と思い日々頑張っていました。 「幸せってなんだろう。自分のために生きたい。」 と思い、働き方をガラッと変え副業を始めました。 私は今、生活にも時間にもゆとりがあり、毎日幸せを実感しながら日々過ごしています。 詳しいプロフィールはカテゴリーの自己紹介からどうぞ☆

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